home > 高木凛のまほろば食堂 > さよなら割り箸

さよなら割り箸

塗り箸
 この春、沖縄から赤坂潭亭にやってきたハルちゃんマリちゃんはよく笑います。帯がうまく結べないからといっては笑い、お料理の手前、向こうを間違えたといっては笑い、まさに「箸(はし)が転げても可笑(おか)しい」年頃なのです。

 沖縄にウメーシと呼ばれる竹製の丸箸があります。赤と黄色の塗り分けでいかにも南国らしい明るさです。この箸ならばよく転げます。ウメーシは、中国から伝来したものと思われますが何時(いつ)ごろから沖縄で使われるようになったのか、定かではありません。またなぜ赤と黄色なのか、ということも謎なのです。いまだ、資料として確認できるものがないようです。

 十年前、店を始めた時には潭亭もこのウメーシを使っていたのですが、二色の塗り分けにムラが大きく、一膳(ぜん)ずつ揃(そろ)えるのがひと苦労でした。沖縄のウメーシが奈良で作られていることを知り、少し精度の高いものを作って貰(もら)おうと思い立ったのですが、一万本単位だというのです。安いものですからそうなのでしょう。潭亭のお箸は開業2カ月で沖縄のウメーシから、割り箸に変わりました。

 使い始めた割り箸は、江戸の昔から代々続く神田のお箸やさんの「利久箸」です。真ん中がややふくらんだ両端の細いもので、「利久のらんちゅう」といわれるものです。割り箸といっても二本に切り分けられたもので、真ん中に白い和紙の帯を回してお出ししました。

 使い切りの割り箸はもともと神事に由来し、江戸時代に今に伝わるデザインが完成したといわれています。真っ白な木目のお箸には、障子や風呂桶(おけ)などに通じる日本人の美意識が感じられます。以来9年の間、杉柾目(まさめ)の「利久のらんちゅう」を使い続けてきたのですが、去年の秋、塗り箸に替えました。

 昨年の梅雨のさなかのことでした。台風を思わせる豪雨が降り続き、家に続く道で土砂崩れが起こりました。崩落した土砂が完全に道をふさいで車が通れず、裸足になって膝(ひざ)まで泥につかりながら歩くほかはありませんでした。たっぷりと水を含んだ土砂は思いの外に重く、足を取られて歩けません。小規模な土砂崩れに見えても、土の量は相当なものです。この土砂が家を直撃したら、とても逃れる術はないでしょう。

 家にたどり着き、冷えた体を温めるためにさっそくストーブに火を入れようとして、焚(た)き付けの割り箸に手を伸ばしました。見ると、ストーブのそばの段ボールいっぱいの割り箸は、一抱えもある大木を輪切りにしたほどの量です。

割り箸
 実は使用済みの割り箸を生ゴミとして捨てるのではなく、まとめて段ボールに入れ、一定量が溜(た)まるとわたしの家の薪ストーブの焚き付けに使っていました。新聞紙と使用済みの割り箸さえあれば着火剤など必要なく、あっという間にパチパチと燃え上がります。

 土砂崩れした斜面には樹木がなく、赤土がむき出しになっていました。何気(げ)なく使ってきた割り箸でしたが、小さな店で1週間、1カ月使う割り箸の量の多さにあらためて胸を衝(つ)かれました。

 二十年ほど前になるでしょうか。わたしも、携帯用のお箸を持ち歩いていたことがありました。そのお箸は引き出しの奥にしまっておいたのですが、いつの間にか消えていました。さまざまな情報は得ていた筈(はず)なのに、行動に移すまでになんと長い時間を要してしまったかと思います。

 店の塗り箸は、手に馴染(なじ)み、細くてもしならないものをと心して、知り合いの漆職人さんにお願いしました。古琉球のお箸を参考にしながら作ったのは、黒漆に銀磨き、朱漆に金磨き、黒漆にらでん細工をしたものなどです。女性のお客様には朱漆をご用意しているのですが、マリちゃんは今日もすっかり忘れて、黒漆ばかり並べています。

高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」 (TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんて い)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年5月2日 に掲載されたものです

2007年4月

2007年5月

2007年6月

2007年7月

2007年8月

2007年9月

2007年10月

2007年11月

2007年12月

2008年1月

2008年2月

2008年3月

『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


当サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

沖縄懐石 赤坂潭亭 東京都港区赤坂 6-16-11 浜ビル/03-3584-6646 代表:高木 凛(たかぎ りん)/株式会社高木アソシエイツ