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さとうきび畑

寺島尚彦さん(協力:テラシマオフィス、撮影:大塚勝久氏)
 今年もまもなく6月が巡ってこようとしています。6月になると「ざわわ、ざわわ」と繰り返すあの『さとうきび畑』と、この歌の作詩作曲者である亡き寺島尚彦さんの穏やかな笑顔が思い出されます。

 沖縄南部の悲惨な地上戦の哀しみを静かに歌ったこの曲が誕生したのは、今から41年も前の1966(昭和41)年のことでした。

 寺島さんはかつてシャンソンの石井好子さんの石井音楽事務所に所属し、リズムシャンソネットというバンドを率いていました。1964(昭和39)年、寺島さんは石井さんの沖縄リサイタルのために、初めて米占領下の沖縄へ渡りました。リサイタルの終了後、地元の人々の案内で、沖縄南部の戦跡を訪ねました。背丈ほどもあるさとうきび畑の中を歩いている時に、「あなたの歩いている土の下には、まだたくさんの骨が埋まったままになっています」と案内の方に言われたそうです。寺島さんはその言葉を聞いた時のことをこんなふうに書いています。

 「その言葉が天の声のように私に降りかかり、一瞬にして美しく広がっていた青空、太陽、緑の波打つさとうきびすべてがモノクロームと化し、私は立ちすくんだ。轟然(ごうぜん)と吹き抜ける風の音だけが耳を圧倒していた」

 この初めての訪沖の日から2年半後に、『さとうきび畑』が生まれたのです。

 2003(平成15)年の6月23日、沖縄慰霊の日(沖縄での地上戦が終わったとされる日)から29日まで、東京参宮橋近くのギャラリーで『さとうきび畑・歌とお話の一週間』という催しが行われました。絵本作家の葉祥明さんの『絵本・さとうきび畑』の原画展とこの歌を歌っている多くの歌手の方々、森山良子さんや上条恒彦さんたちが日替わりで『さとうきび畑』を歌い、詩人の谷川俊太郎さんや写真家の大石芳野さん、石井好子さんたちが沖縄の平和について語るというものでした。

6月15日発売予定の『ざわわ さとうきび畑 ~寺島尚彦 緑いろのエッセイ~』(出版:琉球新報社、著者:寺島尚彦ほか)
 わたしはそれまで、東京であまり知られていない6月23日を知っていただこうと例年、ささやかな催しをしてきましたが、2003年は寺島さんに誘われて、この催しに合流することになりました。主催は実行委員会としましたが、寺島さんの体力的、精神的な負担は大きなものでした。しかし、初日から寺島さんらしいユーモアを交えた司会ぶりは実に軽やかで、楽しげでした。ところが、3日目、4日目と進むうちに寺島さんの声が掠(か)れはじめ、疲れがただ事ではないのです。心配しつつも、わたしにはどうすることも出来ず、なんとか打ち上げの日まで持ち堪(こた)えてほしいと祈るような思いでした。

 最終日は雨でしたが、大盛況でした。帰りがけ、寺島さんはまだ残っていた泡盛の龜(かめ)の前に戻ってらして、ちょっと頬(ほお)を赤らめ、「あの、これ僕、欲しいんだけど戴いてもいいかしら」と、仰るのです。泡盛の大きなスイカほどもある龜をそのまま膝に抱えてタクシーに乗り込んだ嬉しそうな寺島さんが忘れられません。寺島さんが入院なさったことを知らされたのは夏の終わりのころでした。

 同年10月にシアターコクーンで行われた石井好子さんと小原孝さんのコンサートに車椅子でゲスト出演なさったのが最後の舞台となりました。

 あのふくよかだった寺島さんが半分ほどに痩せてしまい、あまりの変わりように胸がつまりました。寺島さんと石井さんは、小原さんのピアノにのせて『さとうきび畑』を掛け合いで朗読しました。

 曲が終わって、会場は一瞬、しんと静まり返り、拍手を忘れるほどの感動に包まれました。石井さんは寺島さんを、共にシャンソンの時代を駆け抜けた「戦友」と評しました。寺島さんは石井さんに車椅子を押されて鳴り止まぬ拍手の中、舞台の袖に消えて行きました。

高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」 (TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんて い)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年5月23日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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