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ペリーの鉄砲百合

ペリー提督
 春先、沖縄の国道を那覇から北に向かって走っているときでした。クーラーを入れると寒いし、切ると暑いという陽気でした。窓を開けて走っていると、ふいに芳しい香りが漂います。「まぁ、いい香りですね」と運転手さんに尋ねると、「お客さん、時間あります?」と、道沿いに車を止めて案内してくれました。

 名護の七曲がりで知られる国道沿いの草むらです。見ると、鉄砲百合(てっぽうゆり)の花があちらこちらに群生しています。「こんなところに、こんなにたくさん」と思わず声をあげてしまいました。百合の語源は花が風に揺られる「ゆらり」からという説がありますが、辺り一面でゆらり、ゆらり、芳しい香りを放ちながら揺れています。鉄砲百合はその姿が鉄砲に似ているところから名付けられたと言われていますが、別名「琉球百合」とも呼ばれ、奄美、沖縄諸島が原産の貴重種です。

 風に吹かれるまま、これが約150年前、ペリー提督と共に海を渡っていった花かと感慨深く、思わぬ出合いに時を忘れました。

 数年前、沖縄の県立博物館で行われた特別展「琉球王国時代の植物標本展」で〈ペリーが持ち帰った植物たち〉として紹介されていました。幕末、ペリーが浦賀や下田に来航し、開国を迫ったことはよく知られていますが、その前に琉球に寄港したことはあまり知られていませんでした。

 ペリーの日本遠征には、極東に捕鯨船の基地を確保するという政治的、軍事的役割があったようですが、実はそれがすべてではなかったのです。ペリーの黒船には海兵だけではなく、植物学者と植物採集家が加わっていました。黒船は琉球、小笠原、薩南諸島、下田、浦賀から函館まで遠征して、日本の植物を採集していきました。それらの標本はハーバード大学の植物標本館やニューヨーク市立植物園に保管されています。

テッポウユリ
 特別展に展示されたたくさんの標本類の中で、印象深かったのは鉄砲百合でした。丁寧に保存された標本にも驚きましたが、この百合がのちにアメリカで品種改良され「イースター・リリー」となったことです。イースター・リリーは、今やアメリカに限らず、世界各国で栽培され、ギフト用としても人気の高い花です。

 春やぬん山ん 百合(ゆい)の花ざかい  〔春は野や山も百合の花盛り〕
 行ちすいゆるすじいぬ にうぬしゅらしや 〔行き交う人の袖まで香しく心ゆかし〕

 琉球の古歌に詠まれた百合の花です。かつてはこの名護に限らず、琉球全島で春になると野山に百合の花が咲き乱れていたのでしょう。アメリカへ渡った鉄砲百合についての記載は「採種地、琉球」とだけで、琉球のどこで採種したのかまでは分かりませんでした。

 日本を震撼させたペリーの来航は、歴史の中に遠ざかりつつありますが、百合の花は変わらずにゆらりゆらり風に吹かれて、名護の野辺に揺れています。

 この白百合が来年も変わらずに香しい香りを放って心癒してくれることを願いつつ、七曲がりを後にしたのでした。

高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」 (TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんて い)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年5月30日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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