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蓮霧(れんぶ)可愛いや

熟す前のレンブの実(写真提供:吉戸すみ子)
 それは那覇の松山にある古美術店の窓際に生けられていました。

 古琉球の漆黒の壺(つぼ)にさりげなく生けられた木(ぼく)は、山無花果(やまいちじく)かしらと思いましたが、枝先に見える果実の姿が違います。お目当ての琉球古陶はさておいて、初めて出合った小さな果実の愛らしさに思わず見入ってしまいました。

 洋梨のような3センチほどのその果実は、柔らかなビロードのような葉の間に間に見え隠れしています。膨らみはじめた青い果実の先はほんのりと紅を帯びて、幼い子どもが恥じらっているような、品の良い初々しさを漂わせています。

 店の奥様に尋ねると、これはレンブという木で、じつはお隣のお宅のものだと言います。枝先が伸びてきたのでちょっと切らせていただいたと言うので、さっそく庭先から隣家の木を見せて頂きました。幹の太さは15、6センチ。二階の物干しまで届く高さで、枝先にはところどころに白い花が残っています。

 目を凝らすと、小さなその花から無数の白い糸のような花びらが放射状に放たれて、ふわふわと重なりあっています。花は咲いたと思ったら、あっと言う間に散ってしまう一夜花だと言います。でも、その花が散ったあとにレンブは、この可愛い実をつけるのです。

那覇市中心部に完成した中国式庭園「福州園」=92年9月撮影
 一つもいで、口に含んでみると、愛らしい実は残念ながら、とくに香りもなくスカスカとして美味とはいえません。これを食べる人はあまりいませんよ。ほとんど鳥の餌ですと言う。こんなに花も実も愛らしいのに、これまで出合う機会がなかった理由が少し理解できたように思いました。栽培種としての価値が低かったということなのでしょう。

 東京に戻って食物事典を調べてみると、レンブは『蓮霧』と記(しる)されていました。蓮霧はマレー半島原産のフトモモ科の果実で、台湾、フィリピン、マレーシアなどで栽培されているとあります。在来種ではないとすると、あの古美術店の隣家の蓮霧は、沖縄が大琉球といわれた交易時代に渡来したものかしら、そんなことを思いながら更に調べてみると、「オランダの植民地拡大に伴い、栽培地が拡大した」という記述に出合いました。

 オランダの植民地支配が終焉(しゅうえん)を迎えたのは、第2次大戦です。とすれば、蓮霧を沖縄にもたらしたのは、あるいは琉球王朝最後の王子、尚順だったのかも知れません。

 尚順のことは先の『まほろば食堂・天の美禄(びろく)、幻の白梅香』(07.04.11掲載)の回で少し触れましたので、ご覧頂ければ幸いですが、尚順は琉球の将来を見据えて、戦前、様々なことを試みていました。例えば、東南アジア諸国から果樹を集めて、市内の桃原(とうばる)に実験農場を造りました。琉球の地に適した果樹を選定して、時代にあった産業興しを夢見ていたのです。わたしが出合ったあの蓮霧は、桃原農園に集められた果樹の末裔(まつえい)だった可能性があります。

レンブの花(写真提供:吉戸すみ子)
 というのも、古美術店の通りの向かいには福州園という中国式庭園がありますが、それは今から600年ほど前、中国の福建省から渡来した人々が、浮島と呼ばれた所に久米村を築き、集団で暮らしました。福州園は、その歴史を記念して1992年に造られた庭園なのです。閩人(びんじん)と呼ばれた渡来人たちは、琉球の統一にも深くかかわり、その末裔たちも代々、琉球王府の高官として活躍してきました。この松山、久米の辺りはまさにその人々が住まいしていたところなのです。

 蓮霧を何とか料理に活(い)かしてみたいという思いが疼(うず)き始めました。台湾では栽培されて、市場に並んでいるといいます。問い合わせてみると、生食で調理はしないといいます。わたしが出合った松山の蓮霧は緑でしたが、他に赤や黒色のものもあり、黒色のものは甘く、高級品だということも分かりました。

 さっそくスライスしてサラダに、あるいはお肉と一緒にさっと炒(いた)めて、甘煮にしてと、様々試みてみましたがどうも上手(うま)くゆきません。火を通すと、肝心のあの薄紅色が消えてしまうのです。

 思いついて深夜、飲み残しのワインにシロップを加えて二つ割りした蓮霧を弱火でゆっくりと炊いてみました。すると、蓮霧は小鍋の中で、そうそう、これで良いのよと言わんばかりに、ほんのりとあの薄紅色を湛(たた)えてワインの香りを含んでいました。

 もうじき、蓮霧が届く季節です。白い霧のような蓮霧の花が一斉に咲きだす様を思い描きながら、前菜に添えてお出ししてみます。

高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」 (TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんて い)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年6月20日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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