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トーニ(豚の餌箱)


 骨董(こっとう)市で古い絣(かすり)の布地を見つけました。

 たくさんの青絵の器や茶道具が並べられた会場の片隅に、使われることのなくなった臼や杵(きね)などの農具が集められていました。絣は、その臼のなかに置かれていました。着物を解いたものでした。紺地に桃色で織り込まれた細かな文様はさすがに掠(かす)れて、白を含んだ優しい桃色となって散っています。

 手に取ると、厚手の絣はしなやかで、どのくらい水をくぐるとこれほどになるのでしょう、その柔らかな手触りの心地良さは作ろうと思って作れるものではありません。

 着物一枚分の布地とはいえ、小柄な女性の多かったこの時代のものは、再び着物に仕立てることはできません。暖簾(のれん)や座布団にして楽しむことも出来るでしょうが、それは残念です。身につけてみたいという思いにかられて、その足で仕立屋さんに立ち寄り、剥(は)ぎ目が見えても構わないから、帯に仕立てて下さいと頼んでみました。
 心待ちにしていた帯が仕立て上がって届いた頃、まるで見計らったように『織りの海道 かすり デザインの源流』と、その別冊『絣文様集』という本を頂戴(ちょうだい)しました。きっと絣の帯が連れてきてくれたのです。

 この本によると、帯に仕立てた絣の文様は『犬の足』というものでした。犬の足裏を大写しにした写真も掲載されています。たしかに、犬の足跡に見えます。

『織の海道 vol.04 かすり ~デザインの源流~』(発行:織の海道実行委員会)
 この『絣文様集』によると、1600年代にはすでに数々の美しい文様が、沖縄の宮古、八重山諸島で貢納布として織られていました。薩摩の支配下にあった琉球は、宮古、八重山諸島に厳しい人頭税(※)を課し、税として反布を貢納させていたのです。その反布は「薩摩上布」として江戸幕府に送られ、安永から寛政時代には江戸を中心に流行したとあります。浮世絵にも絣を着た庶民の娘たちの姿が描かれています。

 絣文様は、他のものがそうであるように、次第に洗練されて今のデザインになったものとばかり思っていましたが、すべてこの時代に完成されていたのです。

 琉球王府は貢納布を織らせる見本として、「御絵図(みえず)」と呼ばれる見本帳を御用絵師に描かせました。「御絵図」を与えられた村人たちは、文様通りの布に仕上げなければ納付できませんでした。納付時の検査はそれは厳しいもので、検査に通らない布はいちからやり直しをしなければならなかったのです。

 『絣文様集』に、明治27年に内務省から宮古調査に派遣された、一木喜徳郎という書記官の報告書が紹介されています。

 〈織婦は「皆各村ノ織場に集リ、暗黒ニシテ床ナキ矮屋(わいおく)ニ機杼を構ヘ、十数人一舎ニ雑居シ、布筑(ぬのちく)の監督ヲ受ケテ機ニ従事シ、多数ノ幼児ハ母ヲ慕テ舎外ニ群衆シ、頗ル喧囂(けんごう)ヲ極ム、其状獄舎ニ似タリ」〉。

 美しい絣は、女たちの命懸けの労働がつくり出していたものでした。この貢納布制度は、琉球が薩摩の支配下に置かれた1609(慶長14)年から、制度が廃止となった1903(明治36)年まで続けられました。

 この報告書は、制度が廃止される9年前に書かれたものです。

 囚人同様の厳しい労働下で生み出された絣でしたが、「犬の足」に見られるように文様につけられているひとつひとつの名前は、身近で微笑(ほほえ)ましいものばかりです。

 王府から与えられた「御絵図」の文様には名前が付いていませんでしたから、織り手の女たちが小鳥、花、星、蛍、犬の足、トーニ(豚の餌箱)など、自然やモノの名をつけました。男の仕事である漁労や舟にかかわる名前は見あたりません。

 『絣文様集』を開くと、最初のページには、石造りの餌箱(トーニ)に顔をつけて餌を食(は)む豚の写真が大写しで載っています。養豚も女の仕事でした。

 この春、わたしの店にやってきたハルちゃん、マリちゃんが着ている黒絣にも、このトーニが織り込まれています。餌箱のそばに小さな点が二つついているファピイキ・トーニ(子連れ豚の餌入れ)という文様です。沖縄出身の若い二人に絣はよく似合っていますが、絣の哀(かな)しい歴史は知る由もないかも知れません。

※人頭税 納税能力の差にかかわりなく、原則として各人に一律同額に課する税。(三省堂提供「大辞林 第二版」より)

高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」 (TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんて い)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ


<関連リンク>
織の海道実行委員会ホームページ(http://www.orino-umimichi.gr.jp/

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年7月18日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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