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-「青山ニ郎の眼」展を見にゆく-

弱きが故に美しきものなり
-「青山ニ郎の眼」展を見にゆく-

「青山二郎の眼」展(主催:世田谷美術館、読売新聞社 開催場所:世田谷美術館 開催期間:2007年8月19日(日)まで)
 この展覧会の企画者である白洲信哉さんから『「青山ニ郎の眼」展』のご案内を頂きました。ポスターには「眼は言葉である」というサブタイトルとともに、朝鮮古陶で白袴(しろばかま)という銘をもつ『白磁丸壺(つぼ)』が中央に大きく配されています。青山二郎が戦前、朝鮮から買い付けてきた「百万中にひとつなり」という逸品で、李朝ブームを巻き起こすきっかけとなった白磁のひとつと思われます。

 朝鮮古陶、ことに白磁は、もはやわたくしなどには手の届かぬものですが、柔らかな曲線と白色のなかにあえかな色を含む、気品にみちた優しさに心引かれる方は多いのではないでしょうか。

 白磁は初期の民芸運動のなかで、柳宗悦(やなぎむねよし)や青山二郎らによって日本に紹介されたことはよく知られています。それまで朝鮮で評価されることのなかった無名の職人たちよる朝鮮工芸の美しさが日本人によって、広く世界に知られるところとなったのです。

 その柳や青山に白磁の美しさを発見し、紹介したのは、浅川伯教(のりたか)、浅川巧(たくみ)兄弟でした。

「白磁丸壺」 (『青山二郎の眼』、新潮社刊より、撮影:飯田安国、所蔵:大阪市立東洋陶磁美術館)
 わたしがまだドラマに係(かか)わっていたころ、ある局から浅川巧をドラマ化したいというお話があり、40歳で早世した浅川巧の生涯を調べたことがありました。巧は、朝鮮の人々と共に生き、その墓は破壊されることなく、今も朝鮮の人々によって守られています。

 ドラマ化の話は日韓文化交流が今ほど自由ではなく、企画段階でついえてしまいましたが、浅川兄弟が柳や青山に託した白磁に再会できるかもしれないと、梅雨空のなか、世田谷美術館を訪ねました。

 『「青山ニ郎の眼」展』は、骨董(こっとう)の鑑定家でもあり、書籍の装丁家としても知られる青山二郎の全体像を紹介しようというもので、第1章から第4章まで4ブロックに分かれています。

 浅川兄弟の白磁は「第2章、朝鮮考-李朝、朝鮮工芸」の部屋にありました。

 『鉄砂青花葡萄(ぶどう)文大壺』、これは兄の伯教が愛した壺で、白磁に墨絵の柔らかなタッチで葡萄文が描かれています。また、弟の巧が京城(現、ソウル)で見つけて後に「巧さんの面取」といわれた『青花窓絵秋草文面取壺』にも出合えました。

「鉄砂青花葡萄文大壺」(左、『青山二郎の眼』、新潮社刊より、所蔵:大和文華館)、「青花窓絵秋草文面取壺」(右、『青山二郎の眼』、新潮社刊より、所蔵:大阪市立東洋陶磁美術館)
 この兄弟の発見と思い入れは、柳や青山らの朝鮮工芸への眼を開き、1921(大正10)年、東京で「朝鮮民族美術展」を開催するに至り、さらに1924(大正13)年には朝鮮京城に「朝鮮民族美術館」の設立へと発展したのです。

 青山は1931(昭和6)年、韓国京城に浅川伯教を訪ね、半年間滞在し、伯教の協力のもと、高麗や李朝の陶器や木工品など2千点を買い付けました。それらの品々は、帰国後の翌7年に、東京の虎の門で二度にわたり「朝鮮工芸品展覧会」を開催し、大評判のうちに展示販売されました。

 この展覧会の案内状に、柳は「品物があるから青山が集めたのではない。青山が集めたから品物が生きているのである」と書いて、青山の眼を讃(たた)えました。

 青山は『朝鮮考』のなかで「朝鮮物は下手なるが故に美しからず、弱きが故に美しきものなり」と書いています。

 柳、浅川らの日本人によって設立された「朝鮮民族美術館」は、その後「韓国民俗博物館」として韓国政府に継承されています。

『青山二郎の眼』、新潮社刊
 韓国ソウル郊外の清涼里に眠る浅川巧の墓には、「朝鮮の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」と刻まれています。

 真の美しさとは、時に政治や民族、思想さえも越えて存在するものなのだということを白磁は無言で語っているように思えます。

 世田谷美術館を囲む木立は、音もなく雨に濡(ぬ)れて、井井(せいせい)と美しく午後の穏やかな時間を刻んでいました。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」 (TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんて い)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年8月8日 に掲載されたものです

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高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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