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調和の幻想 -ジュゴンの棲む海-

海面に浮上して、鼻を突き出し大きく息をしながら遊泳するジュゴン(98年2月、沖縄県名護市辺野古崎の南1.3キロ沖合で)
 「犀魚(ざんのいお)」、「ザン」、「アカンガユー」。海の鑢哺乳(ほにゅう)類、ジュゴン(儒艮)は、沖縄では、古来様々な名で呼ばれてきました。英語では「Dugong,SeaCow(海の牛)」といいます。

 15世紀から17世紀にかけての大航海時代、ジュゴンはマナティーなどともに長い間妻や恋人と会えない海の男たちにとって、鱗(うろこ)のない体とユーモラスな顔立ちが女性を思わせ、人魚伝説を誕生させました。

 1998年、テレビカメラが、絶滅したと思われていた沖縄海域の野生のジュゴンの姿を捕らえました。そのニュースと前後して、ジュゴンの棲(す)む海は、海上基地建設の予定地であることが発表されました。

 ジュゴンは、沖縄の本土復帰後、国の天然記念物に指定され、現在は「絶滅危惧(きぐ)種」として保護されていますが、かつて沖縄では食用として捕獲していました。食用としたのは沖縄に限らず、フィリピンなどでも魚肉として食べる習慣があったといいます。

名護市大浦湾の海底に広がる藻場。(05年11月、水野義則撮影)

 1800年代の琉球食医学の書、『御前本草』には、魚類の章に「海馬」という名で記(しる)されています。〈気味は、甘、温、毒はない。難産に用いてよい。且(か)つ血気の痛を療し、腎の臓を温め・・・〉とあり、その効用が詳しくうたわれています。

 近世琉球の歴史書に詳しい高良倉吉さんの『おきなわ歴史物語』にも、中国からやってきた冊封使が、〈海馬、馬首魚身にして鱗なし。肉は豚の如く、頗(すこぶ)る得がたし。得るもの先(ま)ず以(もっ)て王に進む〉と、『中山伝言録』の中で記した一節が紹介されています。魚だか鱗がなく、顔は馬に似て、肉は豚のようだ。なかなか手に入らないが、貴重な肉はまず王に献上されたというのです。

 八重山諸島に人頭税がしかれていた時代のことです。石垣島南西の洋上に浮かぶ新城島(あらぐすくじま)では、ジュゴンの肉を税として納めたといいます。その肉は不老長寿の妙薬といわれ、骨は漢方薬としても珍重されていました。この時代、とりたてた産物のない新城の人々にとって、税のかわりとなるザン漁は切実な願いでした。また、戦後の食料難の時代には、ダイナマイト漁で乱獲されたという話も伝わります。

米軍普天間飛行場の移設先とされた辺野古崎周辺。右奥が大浦湾(06年3月、水野義則撮影)

 わたしたちは、ジュゴンに限らず、鳥や獣など多くの命を貰(もら)って生きています。それは、この地球の生命体の大いなる調和の中で、許される範囲のことでした。ところが、どうやらわたしたち人間の営みは、神の意思の範囲を越えてしまったようなのです。そのことに気が付き、立ち止まり、反省しはじめた筈(はず)でした。

 いま、ジュゴンの棲む海藻(かいそう)の茂る海が、基地建設のために必要だといいます。

 調和は幻想でしかなかったのです。ジュゴンは、調和のひとつの象徴として、わたしたちに問い掛けています。まだ生きていてもいいですか。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年8月29日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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