home > 高木凛のまほろば食堂 > 『芋ご飯』

『芋ご飯』

嘉手納町商工会館の庭に建つ野国総管の銅像(制作会社のホームページから)
 芋のおいしい季節になりました。九月の赤坂潭亭のご飯は芋ご飯です。芋ご飯というとある年齢以上の方々には戦中、戦後の食料難時代の芋ご飯を思い出す方も多いと思いますが、潭亭のご飯は正確に申し上げれば『紅芋ご飯』です。

 ゴーヤ(苦瓜)と並んで、沖縄野菜の代表選手となった紅芋をサイコロに切って、炊き込みます。去年までは紅芋の特徴である紫の色鮮やかなものを選んで使っていたのですが、今年は昔ながらの紅芋に変えてみました。色に多少のムラがあっても、この方がホクホクとして栗のように甘いのです。

 少し前まで、紅芋は全部が全部、あのように濃い紫色ではありませんでした。紅芋の紫色にポリフェノールやアントシアニンが含まれているということが話題になり、お菓子などに使われだして、あっという間に紫の発色の良いものが競って作られるようになったのです。

 芋は沖縄では「ウム」「カライモ」「トゥイモ」「アッコン」等と呼ばれて、戦前までは庶民の主食でした。1594(慶長4)年、宮古島の村役人であった長真氏旨屋(ちゅうしんうじしおく)が、御持宰領(ごもつさいりょう)として首里に上った帰り、暴風にあって中国へ漂着。この時、唐芋を中国から宮古島に持ちかえったのが、日本での芋栽培の始まりとされています。

 沖縄本島にはそれから少し遅れて1605(慶長10)年、進貢船の役人だった野国総管(のぐに・そうかん)が郷里の北谷間切り(ちゃたんまぎり、現・北谷町)に福建省から苗を持ちかえり、儀間真常(ぎま・しんじょう)がその栽培の普及に努めたという記録が残されています。

 中央アフリカ原産の芋が中国を経て、宮古島に入り、沖縄本島で普及し、さらに日本本土へと伝わっていったのです。本土へ広まるきっかけを作ったのは、南薩摩大山村の前田利右衛門という漁師でした。利右衛門は、1705(宝永2)年に琉球から蔓(つる)の挿し木法(栽培法)とともに当時の琉球で言う唐芋を薩摩に導入したのです。

赤坂潭亭の一品「紅芋ご飯」(07年9月撮影)

 それから30年程の時が流れて1734(享保19)年、将軍、徳川吉宗が薩摩から唐芋を召し上げ、青木昆陽を幕府薩摩芋(さつまいも)御用掛として登用し、飢饉(ききん)の時の救荒食物として日本全土にさつま芋栽培を広めました。昆陽の業績は、教科書でも紹介されて知られるところですが、薩摩芋は琉球を経て伝来したという歴史はあまり語られることがありませんでした。

 長真氏旨屋と野国総管の持ちかえった芋の苗は同じものだったのか、それとも異なる種類のものだったのか、黄色い芋だったのか、白い芋だったのか興味はつきませんが、芋は初めて日本にもたらされた年代や持ち込んだ人の氏名まで明らかにされている、由緒正しき作物なのです。その由緒正しき芋が江戸の昔から、芋侍(いもざむらい)や芋助(いもすけ)などと、なぜか人をあざける言葉として使われてきたのは不思議なことです。

 飢饉の時にはどれほどの農民の命を救ってきたことかと思います。

 時は移って、飽食の時代といわれる現代で、芋は繊維質やビタミンCが多く、おなかいっぱい食べても太らないと、ダイエット食として注目され、イメージを一新しようとしています。1592年に初めて宮古島に芋が渡来してからわずか400年程の間に、人の世も食の景色もすっかり変わり、飢えはわたしたちの記憶から遠のいたかに思えましたが、地球の裏側では湖が干上がり、砂漠化し、植物が枯渇し始めてています。

 また飢えの時代が到来しないことを祈りつつ、年にいちど、季節の芋ご飯をご用意をいたしております。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年9月26日 に掲載されたものです

2007年4月

2007年5月

2007年6月

2007年7月

2007年8月

2007年9月

2007年10月

2007年11月

2007年12月

2008年1月

2008年2月

2008年3月

『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


当サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

沖縄懐石 赤坂潭亭 東京都港区赤坂 6-16-11 浜ビル/03-3584-6646 代表:高木 凛(たかぎ りん)/株式会社高木アソシエイツ