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家庭料理と料理人

晩年の北大路魯山人
 昭和初期、「料理も芸術である」と主張した北大路魯山人がその著『魯山人の料理王国』のなかで、美食とは無縁に思える家庭料理について語っています。

 魯山人は、1883(明治16)年に京都に生まれ、1959(昭和34)年に76歳で没した書家、篆刻(てんこく)家、陶芸家、美食家として知られる特異な芸術家でした。「器は料理の着物」と称して自ら手掛けた器の数々は、美術館に収蔵され、料理を志す人々ばかりではなく、今も多くの人々の心をとらえているのは知られているところです。

 その魯山人が1947(昭和22)年、まだ戦後の混乱と食料不足が続いていた時に、家庭料理について語っています。この年はわたし自身が生まれた年ということもありますが、60年という時を経ているにもかかわらず、魯山人の放った言葉は少しも色あせず、むしろ現代に響く言葉だということに驚かされます。

 魯山人は冒頭で、「世間の人は、自分の身近にある有価値なものを利用することに無頓着なようだ。出盛りのさんまより場違いの鯛(たい)をご馳走(ちそう)と思い込む」と戒め、返す刀で、また料理人の作ったものならなんでも結構というのも見当違いだ、買いかぶり過ぎてはいけないと述べています。

北大路魯山人展は各地で人気を集める(06年3月、島根県安来市で)
 「なんとなれば、料理人は食道楽家ではない。皆が皆名人でもない。好き好んでやっているのでもない。味覚の天才というのでもない」というのです。

 近頃のメディアが、料理人を「鉄人」や「匠(たくみ)」、あるいは「巨匠」などと押し立てて偶像化しようとしているのと対照的です。

 魯山人はある時、知人の家の料理自慢のおばあさんの評判を聞き、ご馳走になります。

 「ところが、失望させられたのである。なんでもない料理屋のする料理であったからだ。鯛の生き作りだとか、その他様々な形式のものが出たが、それは要するに皆お出入りの料理屋から学んだままの料理であった」と言い、さらに「そんな料理は一流どころの料理屋の板場に五年もいる料理人なら大概できる料理であって、虚飾に終始した、なんでもないものである」と続けます。素人が料理屋の料理のまねができるというだけのことで世間が満足していてはいけないと言うのです。

魯山人作のビアジョッキ
 日常の家庭料理は「宴会的な飾る食物ではなく、身につく食事、薄っぺらなこしらえものではなく、魂のこもった料理、人間一心の親切から成る料理、人間を作る料理でなけれはならない」と言い、職業料理人の作るものとは異なるものだと述べています。

 今やテレビはもとより、新聞や雑誌にもグルメ(食通)情報は満載です。ともすると現代の家族は、レストラン料理の味に慣らされて、作る方も食べる方もそのコピーを、これぞ料理と喜ぶことになるのかも知れません。家庭料理が実のない装飾的な料理に流されることがないよう祈るばかりです。

 幼いころに食べた「口福」な一品は記憶に深く刻まれてゆくものです。家庭料理が、魯山人のいう「人間を作る料理である」とするなら、現代の「おふくろの味」や「おやじの味」の責任は決して軽いものではありません。鯛とさんまに例えたように、身近な素材に目を向けないのは大変な損失であるとも言っています。

 「山鳥のように素直でありたい。太陽が上がって目覚め、日が沈んで眠る山鳥のように」と望んで、自由人として生きた魯山人は、幼少の頃から、幸福な家庭とは無縁な生涯を送りました。その魯山人が家庭料理を語るという不思議の底には、こうあって欲しいという祈りが込められているのかも知れません。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年10月10日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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