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愛しき甘味噌「いなむどぅち」

「いなむどぅち」のお椀(07年10月)

 京都に高名な一子相伝のぐじ(甘鯛=アマダイ)料理の店があります。先日、ほんとうに久しぶりに京都に行ったおりに、このお店を訪ねる機会がありました。看板のぐじ料理はもちろんですが、わたしはこのお店の料理でもうひとつ楽しみしている忘れえぬ味がありました。コースの一品として必ず顔をだしていた丸餅入りの甘味噌仕立ての一椀(わん)です。

 見事なぐじ料理を堪能したあと、心待ちにしていた一椀が運ばれてきました。ふたをとると温かな湯気とともに仄(ほの)かな柚子(ゆず)の香りが広がります。少し焼き目をいれた丸餅がひとつ入っているだけの素朴さは以前とまったく同じです。さっそくひと口含んでみると、しっかりとした出し汁に支えられてトロリとした甘さが広がり、思い描いていた味と寸分違いませんでした。

川平湾の砂浜

 10年近い歳月が流れているにもかかわらず、変わらぬ味を保ちつづけていることに感動しました。並大抵のことでは成しえぬことだということが、料理にたずさわる者としてよく分かるだけに、こうした心ばえの店があることがうれしく、いっそうの口福を感じた一夜でした。

 東京にも甘味噌はあります。子供のころ、家にお客さまがある時に祖母が、とろりとした甘味噌のどじょう汁でもてなしていたのが思い出されます。東京が江戸といわれていた頃に京、大阪から入ってきたものを「下がりもの」と言ったそうですが、甘味噌もそのひとつだったのでしょう。

 甘味噌は、沖縄にもありました。甘味噌は、仕込む時に倍の麹を使うという贅沢な味噌です。沖縄では宮廷料理の「いなむどぅち」という豚肉と椎茸、蒲鉾、こんにゃくなどが入った、具だくさんのお汁に使われていました。「いなむどぅち」とは「猪もどき」という意味で、かつては豚肉ではなく猪(いのしし)肉が使われていたことから、このように名付けられたのです。今のように牛や豚を食べる習慣がなかった時代、肉といえば野性の猪や鹿の肉を指していました。

瑞泉門

 今ではすっかり沖縄の家庭料理として親しまれていますが、その昔、庶民の食卓に猪肉や甘味噌がのぼるというのはまれなことでした。「いなむどぅち」は、行事や祝いの席に欠かせないハレの日の一椀として、大切に受け継がれてきた沖縄料理なのです。

 わたしの店でも年に一度、秋が深まるころ、石垣島の川平で造られている甘味噌を使って、温かなお汁としてご用意しています。造るときにいつも心するのは、舌の記憶に残る京都のあの一椀です。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年11月7日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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