home > 高木凛のまほろば食堂 > ニガナ讃歌

ニガナ讃歌

市場で売られているニガナ

 水切りしたばかりのニガナ(苦菜)を口に含んで噛(か)んでみます。

 強く青臭い苦みが口の中いっぱいに広がります。そのまま食べたのではおいしくも何ともないのですが、これを細切りにして水に晒(さら)し、アクをとって絞ったものに少しの調味料を加えて豆腐であえると、ほろ苦く何ともおいしい白あえになります。ニガナは、小松菜に似た姿の沖縄野菜です。

 春先の蕗の薹(フキノトウ)の苦さを知らないわけではありませんが、このニガナの苦さは紛れもなく沖縄のものです。この苦さとの出合いが、東京の下町育ちのわたしを思いがけない沖縄料理の世界へと導いたのです。

 わたしがお世話になることの多い、沖縄の離島、久高島の民宿の庭先にはゴーヤの棚があり、裏の物干し場へゆく路地には雑草に混じってニガナが自生しています。

 ニガナは別名ンジャナと呼ばれ、今では栽培野菜として那覇市内のスーパーの棚に行儀良く並んでいますが、かつては沖縄の人々にとって家の庭先ばかりではなく、海岸の岩場などでもみかける野草であり、薬草でした。

 沖縄の食医学の古書『御膳本草』には「苦菜(くさい)」として、〈胃の気煩逆するを治す。性冷感なれど常に食て甚だ人に益がある〉などと記されています。

路地に咲くニガナの花

 久高島の民宿で、白イカが上がったときに豚の三枚肉もいれて作ってくれたイカ墨汁には、水洗いしただけの庭先のニガナがたっぷり入っていました。ニガナの苦さがイカ墨の生臭さを抑えて、墨のコクを引き出していました。

 今でも島では腹痛や下痢、胃の調子が悪いときには、ニガナの茎を突っ付いて汁を出し、その汁を薄めて飲むといいます。

 薬草が、苦さが、野菜として日常のなかにある暮らし。そのことの驚きがじわじわと、わたしを圧倒しはじめました。ヤマトの野菜が失ってしまった姿が沖縄には残っている、それは野菜を単に副菜として食べるだけではない食の習慣が伝承されているからではないかと気がつきました。

 ニガナから苦さを取り除いてしまったら、単なる青菜です。ニガナをニガナとして存在させた沖縄の食。品種改良をする余地もなかったといえばそれまでですが、元来、喰うということは、飢えをしのぎ、身体をつくることです。喰うもので身体が出来ている。その当たり前で自然のことから、都会人の食はあまりに遠く離れてしまったように思います。

 ニガナは万人向けに改良された現代野菜に比べれば、決して食べやすい野菜ではありません。しかし、ニガナはわたしたちがまさしく自然を食しているということを思い出させてくれます。沖縄の食には、深く広く食医学の心が根づいているのです。わたしの沖縄野菜への旅は、周囲7キロ、戸数200という小さな島から始まりました。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年1月16日 に掲載されたものです

2007年4月

2007年5月

2007年6月

2007年7月

2007年8月

2007年9月

2007年10月

2007年11月

2007年12月

2008年1月

2008年2月

2008年3月

『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


当サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

沖縄懐石 赤坂潭亭 東京都港区赤坂 6-16-11 浜ビル/03-3584-6646 代表:高木 凛(たかぎ りん)/株式会社高木アソシエイツ