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沖縄言葉(ウチナーグチ)

1957年10月、糸満の魚の水揚げ風景

 年明け早々に、沖縄南部の糸満市を訪ねました。

 昨年暮れに上梓(じょうし)した、『沖縄独立を夢見た伝説の女傑 照屋敏子』を敏子の墓前に供え、取材でお世話になった糸満の人々との再会を果たすためでした。

 いま糸満は高速道路と見まがうような立派な道路ができて、那覇空港から20分ほどのところとなりました。昭和初期、9歳の敏子は頭上に魚籠をのせて那覇まで裸足で歩き通しました。照りつける太陽と闘いながら、必死に砂ぼこりの舞う大地を踏みしめたことでしょう。今はむかし、あまりの道路の立派さに、驚くばかりです。正月だというのに、車の中は冷房を入れるほどの暑さです。

 墓参のあと、懐かしい糸満の人々が知人の家に集まって労をねぎらってくださるというので、早速、糸満港近くのお宅に向かいました。

 一堂に会して、さて乾杯という時、「ここは糸満だから、那覇風のカリーサビラ(おめでとうしましょう)じゃなく、糸満らしく行こうや」ということになりました。するとすかさず、糸満漁に詳しい長老が、それなら「コーバンギリーサビラ」だと言うのです。

 高木さん、分かるかと言わんばかりに杯を掲げて、にこにこしています。沖縄言葉は私の場合、漢字を想像すると理解できることがあります。「コーバン」というのは、漢字からの連想で、升のことではないかと思ったのですが、さてその先の「ギリーサビラ」が分かりません。降参して、まずは「コーバンギリーサビラ」と乾杯。あるじ自慢の秘蔵古酒は、香んばしくブランデーのようにまろやかです。

 かつて糸満が沖縄一の漁港として名をはせていた頃、「コーバンギラー」という言葉が飛び交ったといいます。「大漁」という意味です。直訳すると「コーバン」は「升」、「ギラー」は切る、「コーバンギラー」とは、「升切りで帰ってくる」ことだと言います。

 取れるだけ取って、小さな漁船、サバニいっぱいに魚を積んだらサバニは沈んでしまう。だから升切りで帰ってくるというのが糸満漁だというのです。取り尽くさない、種を残すという意味合いも含まれていたはずだとも言います。「コーバンギラー」のサバニはゆっくりゆっくり走っていたといいます。

 「コーバンギリーサビラ(大漁しましょう)」。沖縄言葉の豊かさに、思わず泡盛が進んだ一夜でしたが、那覇の宿へ戻る道々、思い出されたのは、沖縄言葉の受難の日々でした。後に「沖縄方言論争」といわれた日本民芸協会の柳宗悦と沖縄県学務部との一年にわたる論争です。

柳宗悦

 1940(昭和15)年1月、柳宗悦ら26人を乗せた湖北丸が那覇港に入港しました。柳は、3度目の訪沖で、この時3週間滞在しました。数日後、柳一行を迎えて那覇市公会堂で行われた観光座談会での柳の発言が問題の発端となりました。

 当時沖縄では県が推進役となって、「標準語励行運動」を行っていました。これは県民が県外で言葉が通じにくいことなどで不利益をこうむることのないよう、県民を繁栄に導く道であるとして、全県的に取り組まれていたものでした。

 柳が公開の座談会で、その「標準語励行運動」の行き過ぎを批判したことから、沖縄県学務部との論争に発展しました。柳は、時流にながされることなく、支配される側の民衆を想う、希有な文化人でした。

 柳の趣旨は、〈沖縄の言葉は日本の古語を多く含んでおり、学問的にも貴重なものである。沖縄の方言を見下してしまうようなこのような運動は、県民に屈辱感を与えてしまうものではないか〉というものでした。

 この論争は本土文化人たちも巻き込んで話題を呼びましたが、日本が不幸な戦争へと突き進んだ時代、皇民化教育の一環として、「標準語励行運動」はますます強く推進されてゆきました。学校でも、方言を使った生徒には首に「方言札」を掛けさせるといういうようなことが行われました。この「方言札」を、60年代半ばまで使用した地域があったといわれています。

 わたしが初めて久高島を訪ねた13年ほど前のことです。徳仁港から御獄へと続く道のクバの植え込みに「日本語を話しましょう」という手書きの看板が、雨風にさらされてまだ残されていました。

 いま、そのクバの植え込みは、すっかり切り払われて、畑になっています。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年1月23日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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