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豚正月

豚の頭を処理する市場の女性

 沖縄では古くから「豚」は、「鳴き声以外はすべて食す」と言われてきましたが、実は、鳴き声も食しているのかも知れません。

 中国暦による旧暦1月1日を日本では旧正月と呼びます。2008年の旧正月は2月7日です。沖縄はいまも旧正月を祝いますが、その旧正月にはもうひとつ、沖縄ならではの「豚正月(ウヮーソーグヮチ)」という言い方があります。

 戦前、家畜として豚を飼う家が多かった沖縄では、旧正月を祝う数日前に大切に飼っていた豚を屠(ほふ)り、ハレの正月の間は年に一度の豚料理で祝うという習わしがありました。 1軒の家で1頭というのは恵まれた家で、ハンブンワーキ(半分)、ミシワキ(3等分)ということも行われていました。正月の豚料理の準備は、3、4日前に屠った豚を解体するところから始められます。

 沖縄では豚を「ッワー」または「ワー」と言います。その語源は、中国の福建省で「仔」をワーと言うところに由来するという説もあり、定かではありませんが、豚を屠る時の「グヮー」という叫び声からであるという説もあります。

 今では昔語りになりましたが、豚が食べられる旧正月が近づくと、その鳴き声までも食欲をそそったと言いますから、それはそれは待ちに待った貴重な御馳走(ごちそう)だったのです。

 今では家畜として豚を飼う家をすっかり見かけなくなりましたが、代わりに正月前の市場のシシ街(肉屋通り)の賑(にぎ)わいは大変なものです。県産豚はもとより国内産でも間に合わず、海外から輸入するほどです。今も昔も、沖縄の人々の豚に寄せる愛着の深さは一通りではありません。そこから様々な豚料理が生まれていったのです。

 フランスのリヨンなどでも、豚は丸ごと食べるといわれていて、沖縄の食べ方、料理法と比較してみるのも面白いかも知れません。

 沖縄の人々が豚を大切にするのは、かつて琉球王府が、牛馬を食用にすることを禁じたことから豚一辺倒になったのだと言われていますが、動物肉の種類はともかく南国の炎熱の太陽を浴びて、労働に耐えるには脂肪と動物性の蛋白質(たんぱくしつ)を必要とします。身体から脂気が抜けてしまうことを、沖縄ではアンダカーギと言いますが、労働に耐え抜く身体が豚を求めていたのでしょう。

市場で売られる三枚肉

 もはや豚を家々で屠ることはなくなりましたが、「豚正月」は今も健在です。

 豚の顔を丸ごと剥(は)がしたチラガー(面皮)は、刻んであえ物に。皮付きの三枚肉はラフテー(角煮)に。残った肉は塩漬けにして保存し、スーチカとして炙(あぶ)って食べる。豚足はアシテビィチ(豚足の煮込み)として鰹(かつお)だしに昆布と大根を入れてコトコトと煮込む。

 豚の中身、胃や腸はきれいに洗って、生姜(しょうが)やみかんの皮と炊いて臭いを消し、刻んで吸い物、ナカミ汁とします。豚血も豚脂も無駄にしません。豚血は血イリチーという炒め煮にします。豚血は食用だけではなく、魚網を強くするためにも塗られていたといいます。

 1800年代の後半から記され、今に伝えられている八重山の膳附日記には、手間をかけた「くろシシ」という豚料理が記されています。これは、味付けした豚を黒胡麻で蒸したミヌダルという料理で、このミヌダルは首里城で出された、持てなしの料理にも登場します。

 年に一度の「豚正月」は、余すところなくその命をクワッチーサビタン(いただきます)。豚は野生の猪(いのしし)がその肉の旨(うま)さから家畜化され、人間のために豚となりました。もはや野山を駆けることの出来なくなったシシたちに合掌。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年2月6日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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