home > 高木凛のまほろば食堂 > 琉球朱漆伝説

琉球朱漆伝説

琉球朱塗りの高台盛器

 琉球漆器(りゅうきゅうしっき)はかつて琉球を代表する工芸品で、琉球王府管理のもと交易の主要品目のひとつとして保護育成され、管理されてきました。

 なかでも琉球の赤漆(あかうるし)は、「琉球朱漆」と呼ばれて珍重され、1616年に没した徳川家康の遺品を集めた『尾州家本駿府御分物帳』にも琉球王が献上した「朱漆花鳥沈金足付台」などが記されおり、実物が現存しています。

 わたしは「琉球朱漆」に魅せられて、昨年、琉球王であった尚(しょう)家で使用されていたと伝えられる「朱漆線沈金箸(はし)」の「写し」を作っていただきました。展示されたガラス越しに見ているだけではなく、手にしてみたいと思ったのです。お箸ならば手が届くのではないかという思いもありました。

 太陽を思わせる鮮やかな朱色に沈金で網代紋様が描かれています。ヤマトの紅を含んだ赤漆や朱の顔料を混ぜた朱合(しゅあい)と呼ばれる色合いとも異なるものです。

 この「琉球朱漆」独特の赤は、豚血を混ぜてつくられるのだと巷間(こうかん)、伝えられてきました。豚血は沖縄の人々には身近なものです。料理にも使いますが、漁網の補強や鮫油と混ぜて「サバニ」と呼ばれる矧(は)ぎ舟の下塗りにも使われたといいます。琉球朱漆のあの艶(つや)やかさの秘密は「豚血にあり」と聞かされても疑問を抱くことはありませんでした。

 琉球の漆工芸の歴史は古く、本土の室町時代にあたる1372年、琉球王、中山王察渡(ちゅうざんおうさとぅ)が明の太祖に貢ぎ物として、漆器を贈ったという古記録が残されています。その後、ジャワ、スマトラ、朝鮮国などとの交易が盛んになり、15、6世紀には大量の漆器が交易品として海を渡ってゆきました。オーストリアのハプスブルグ家にも現存していると伝えられています。

朱漆山水人物箔絵の東道盆(トゥンダーブン)

 漆器は、磁器がチャイナウエアと呼ばれるのに対して、ジャパニーズラッカーと呼ばれ、世界が認める工芸品となってゆきました。

 日本が江戸から明治へと変わる頃、琉球は琉球藩から沖縄県となり、約500年の間続いていた琉球王府は消滅しました。それまで王府によって保護育成されていた漆工芸の管理と技術は、民間に委ねられることになったのです。その頃から次第に下地剤が不足するようになり、豚血が下地剤として用いられたようです。

 1983(昭和58)年の『琉球漆器の美展』に寄せた東京国立博物館漆工室長(当時)、荒川浩和氏の『琉球の漆工芸』という一文には、〈豚血下地が琉球の特徴といわれて来たが、これは19世紀以降の大量生産の漆器に用いられたもので、剥落しやすいところから琉球物の評価を落とす結果となった〉と、記されています。

 「琉球朱」の独特な朱色の発色は、豚血によるものではなかったのです。そして、豚血を下地に用いたことでむしろその評価を落としてしまったというのです。一時しのぎに用いた下地が「朱漆の秘密は豚血にあり」という風説の元となってしまったのは皮肉なことでした。

 職人さんによると「朱漆」の発色は、沖縄での漆の乾燥で決まると言います。

 漆は、適度な温度と湿度が保たれた「漆風呂」の中で乾燥します。ラッカーゼという酵素の働きによるもので、通常の水分の蒸発による乾燥とは異なるものです。

 沖縄ならではの高温と多湿が「琉球の朱」の美しさを醸しだしていたことになります。

 琉球の優れた伝統漆芸は、王府消滅後、苦難の歴史たどり、優れた作品は献上された諸外国や徳川家などに伝えられるばかりですが、高度な技術を駆使した漆の美は時代を越えて、今もなお見る者の心をとらえます。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年2月13日 に掲載されたものです

2007年4月

2007年5月

2007年6月

2007年7月

2007年8月

2007年9月

2007年10月

2007年11月

2007年12月

2008年1月

2008年2月

2008年3月

『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


当サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

沖縄懐石 赤坂潭亭 東京都港区赤坂 6-16-11 浜ビル/03-3584-6646 代表:高木 凛(たかぎ りん)/株式会社高木アソシエイツ