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西表島、紅露工房を訪ねて 下

汽水域で海さらしをする昭子さん

 外の風雨がうそのように工房の中には静かな時間が流れていました。

 「この前、東京でお話していらした蚕(かいこ)はどうなりました?」とお尋ねすると、昭子さんは奥から箱を出していらして、「これです」といって見せて下さいました。箱の中には様々な形をした繭が入っています。繭はすべてピーナツの殻のような形をしているのかと思い込んでいたわたしにはちょっと驚きでした。在来の蚕と東南アジアから入ってきたものとそれぞれに巣作り(繭)の形が違うのです。

 ご主人の金星さんは島の催しで留守でしたが、昭子さんと研修生の森田さんに自家栽培の赤めしをごちそうになりながら窓の外をみると、大きなガジュマルの木の下に雨をさけて集まった犬たちがこちらを見ています。

 窓の傍らの自然木を利用した布かけには、透けるようなブルーとオレンジ色の布がさりげなく掛かっています。目を凝らすとオレンジと見えた色が黄色にも朱色にもみえます。朝日に輝く金色の海のような色です。

 手にしてみると、繊維の奥に潜んでいる色がまるで命をもったもののように語りかけてきます。自然の中に秘められていた色が、いま解き放たれて、何色ともつかぬ新たな色の命を育みはじめたかのようです。

紅露染めの布

 福木で染めたものだといいます。その布を肩に掛けてみました。布は羽根のように軽く、ストールにちょうどいい長さです。昭子さんにお願いして、その布を分けて頂くことにしました。

 昭子さんは、「まだ端の始末をしていないのよ」と言って、針と糸をもってきて、話しながら布の端をかがり始めました。そして手を止めることなく、とつとつと、この自然豊かな西表(いりおもて)が開発の波にさらされていることを語りはじめました。

 島の女たちの守り神とされる「うなり崎」という美しい聖地に、観光施設が建てられ、採算が合わなかったとして放置されているというのです。女たちの力が封じ込められてしまっているようだと心配しています。

 話しながら布をかがっている昭子さんの手は、わたしより小さく、ふっくらしています。その小ぶりな手指のつめは、紅露や琉球藍(あい)が染み込んで黒ずんでいます。都会で暮らす女の手ではありません。布を紡ぐ手です。

 「生まれ育った竹富島では、女たちが当たり前のように、何かのために、誰かのために、必要なだけの布を織っていました」と、昭子さんは言う。必要な分だけとる。必要な分だけ恵んでもらう。「それがわたしたちにとって当たり前の暮らし方なんです。子どもの頃からそうした環境の中で育ちました」と。

晴れた日の紅露工房

 父祖伝来の西表の大地の中で、農業を営みながら島の自然と祭祀(さいし)を守る金星さんと、糸を紡ぎ、染めて布を織る昭子さんたちの暮らしは、わたし達には太刀打ちできない力強さに満ちています。その営みは土着の力強さを越えて、今という時代の前衛と言えるのではないかと思えてきました。

 雨は降り続いていますが、風は少し収まってきたようです。わたしはリズミカルに動く昭子さんの手元を見ながら、工房に流れる時間に身を委ねていました。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年2月27日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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