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浜下り

名護市の米海兵隊キャンプ・シュワブ基地内で行われた浜下り (1998年3月)

 日本の雛(ひな)祭りは、古代中国の五節句のひとつ、上巳(じょうし)の節句が平安の頃、日本に伝わったのが始まりと言われています。

 3月上旬の巳(み)の日、桃の花が咲くころに川で穢(けが)れを祓(はら)うという中国の習わしは、形代(かたしろ)に穢れを移し、川に流すという祭礼となり、「流し雛」として紙の人形、上巳の節句の面影を今に伝えています。

 わたしの子供時代、昭和30年代のことですが、雛人形はどこの家にでもあるものではなく、人形を飾った家では近くの子供たち、男の子も一緒におよばれして御馳走(ごちそう)をいただいたものでした。わたしの家は、母が人形を飾るというようなことに全く関心がない人でした。そんな母の気性を知って、わたしが人形をねだることはありませんでした。

 しかし、お呼ばれをした日に見たぼんぼりに照らされた人形の顔は、雛祭りの歌を耳にするたびに浮かんできます。

 沖縄に上巳の節句が伝えられたのはいつの時代かは定かではありませんが、「サニジ」と呼ばれて、女たちが浜下りをして身の穢れを払うという祭事として伝えられています。旧暦の三月三日、今年は四月八日にあたります。

 「サニジ」とは耳慣れない呼び方ですが、3月3日の「サンニチ」が、沖縄風につづまって「サニジ」と呼ばれるようになりました。その日は針仕事などを休み、「浜下り(はまおり)」をして浅瀬の貝や海藻などをとってきて、御馳走を食べるという女たちの骨休みの日でもあったのです。それは今も、離島によっては3日の朝、火の神にお供えをして浜に下り、女たちが集うという「浜下り」として続けられています。

 八重山の暮らしを記録した「八重山生活誌」には、その「浜下り」由来が次のように紹介されています。

壺と石壁

 〈昔、あるところに美しい娘がいました。その娘のところには赤い手ぬぐいで、ほおかむりをした若い男が夜な夜な通ってきました。娘が身ごもったことを知った母親は、娘をただしました。娘からその男の話を聞いた母親は驚いて、自分の紡いでいる麻糸を針につけて男の髪に刺すようにと言いました。娘はその通りにしました。翌朝、母親がその麻糸をたどっていってみると、糸は岩穴に入っていました。中から話し声が聞こえます。

 「おれは人間の腹に種を宿してあるから、例え針を刺されて今死んでも悔いはない」

 「人間は利口だから海へ下りて、跳んだり跳ねたりしてお前の種をすっかり堕ろしてしまうだろう」

 恐る恐る母親が中をのぞくと、頭に針を刺されたアカマターが唸(うな)っていました。

 それから娘たちの3月3日の浜下りが始まったということです〉

 アカマターとは蛇のことです。蛇の登場は「サニジ」の由来となった上巳の節句にちなんでのことでしょう。娘が蛇の種を宿すというのは不気味な話ともいえますが、民話には「鶴の恩返し」をはじめとして、人間に身をやつした動物と交わるという話は数多く伝承されています。

 この「アカマター」の話は『沖縄の習俗と信仰』によると、八重山諸島に限らず、沖縄本島の茶谷(ちゃたん)や国頭(くにがみ)、今帰仁(なきじん)など、広く沖縄本島でも語り継がれています。

 数年前、残酷な民話、不気味な民話が子供たちにふさわしくないとして改作され、話題となったことがありましたが、沖縄ではそのような改作は全く行われずに、各地で語り継がれています。

 沖縄の「サニジ」は、御所人形を飾る「雛あそび」とは異なり、潮の香りのする南の島の力強い野性を嘔う女の節句として、時代を越えて受け継がれていって欲しいと願う祭祀(さいし)のひとつです。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年3月5日 に掲載されたものです

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『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


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