home > 高木凛のまほろば食堂 > 魂の在り処(マブイのありか)

魂の在り処(マブイのありか)

道ばたで祈る人

 沖縄では魂(たましい)をマブイまたはマブヤーと言います。奄美ではマブリと言うそうです。初めて沖縄でマブイという言葉を耳にしたのは、久高島という沖縄の小さな離島でした。船を下りると港近くの岩場で女性がふたり、何本かのススキを結んだものを手にして、一心に何かうめきながらひれ伏しています。

 近寄ると、「マブヤーマブヤー・・・」と聞こえました。島の人たちは気にも止めず行き過ぎて行きます。わたしは初めて目にする光景で、何をしているのだろうと気になりましたが、その場に立ち止まってはいけないような気配も感じて、振り返りつつ遠ざかったのでした。今から11年ほど前のことです。

 2人の女性は、「魂込め(まぶいぐみ)」といわれる、落としてしまった魂を取り戻す儀式をしていたのです。「魂込め」と呼ばれるこの素朴な儀式は、後に沖縄の作家、目取真俊さんの小説の表題にもなり、知られるようになりましたが、沖縄ではなぜ魂をマブイと言うのだろうと、初めて耳にした時から不思議に思っていました。

 マブイは人としての正しい行いを言う「真振り(マブリ)」からではないかという人もいますが、古語の「護り(マブリ)」からではないかという説もあります。折にふれて幾人かの人に尋ねてきましたが、その語源はどうもいまだ定かではないようです。

 沖縄本島では最近あまり見かけなくなったようですが、復帰前のころまではよく行われていたと言います。子供に限らず、大人でも強い衝撃にあったり、危険な目にあったりするとマブイを落としてしまうと心配します。実際にそのような目にあって以後、気の抜けたような状態になったり、体をこわしてしまったりすると、落としたマブイを体に戻さなければなりません。その儀式が「マブヤーマブヤー、ウーティクヨー(魂よ、魂よ、追ってきなさい)」と祈る「魂込め」なのです。

 本土では魂というと、「洋才」に対しての「和魂」であったり、「大和魂」であったりします。「大和魂」は「大和心」ともいわれて、当初は「もののあはれ」を理解する心などを指す言葉でしたが、江戸中期の国学の教えの中で、「日本固有の精神」や「国家への忠誠心」と変遷し、ヤマトの「魂」は時代とともに過剰な精神性を背負わされてゆくことになりました。そして、明治の頃から一部の「魂」は、「英霊」などと呼ばれるようになったです。ヤマトの「魂」は、きっと重い重いと悲鳴を上げているに違いありません。

夕方の静かな海を月が照らす

 「魂」とは、人間の肉体に宿り、心の働きをつかさどるものとされてきました。古来より肉体から独立したものと考えられてきたのです。「魂」は死後も不滅で、肉体から抜け出て、空中を彷(さまよ)う「人だま」となったりするものだと信じられてきました。

 そういえば、「体」という言葉の由来も、「殻(から)」に接尾語の「だ」がついたものだそうです。生命のこもらない肉体を「からだ」と言い、魂を宿した肉体を「身(み)」と、区別していたようです。

 久高島は、今では若い人々が都会へと出てゆき、高齢の人々ばかりになってしまいましたが、島ではかつて、子どもが生まれると7日目に産着を着せる祝いがあり、その産着の襟の後ろには必ず赤い布を縫い付けたといいます。「マブヤーグワ」といい、子どもの背後から「マブヤー」が抜け落ちないように守る意味があったと言います。

 人間の肉体に宿るとされる「魂」への認識は洋の東西をも問わないのかも知れません。富や名声にとらわれることなく人として良く生きることを説き、「魂への配慮」という言葉を残したのはソクラテスでした。

 「魂」が落ちてしまった体は、気が抜けたようになり、病んでしまうのならば、落ちた魂もまた体を離れて病んでしまうのではないでしょうか。過ちを犯しているのは「在り処」を見失い浮遊している「魂」たちならば、「魂込め」をしなければなりません。

 沖縄の「魂込め」は、ヤマトが忘れていた「魂の在り処」を改めて思い出させます。


高木凛

高木凛(たかぎ りん)

~赤坂潭亭主人、脚本家、料理研究家~

東京都出身。80年代後半からテレビやラジオの脚本家として活躍。「黄色い髪」(NHK)、「息子よ」(TBS)などを手がけ、「父系の指」(TBS)では94年度ギャラクシー大賞を受賞。その後、病気療養で訪れた沖縄に魅せられて、東京・赤坂に沖縄懐石料理店「赤坂潭亭(あかさかたんてい)」を開き、主人となる。

赤坂潭亭ホームページ
関連情報 小学館ノンフィクション大賞を受賞

このコラムは asahi.com アスパラ で 2007年3月19日 に掲載されたものです

2007年4月

2007年5月

2007年6月

2007年7月

2007年8月

2007年9月

2007年10月

2007年11月

2007年12月

2008年1月

2008年2月

2008年3月

『まほろば食堂』とは
高木凛が〈心のまほろば〉綴ったエッセイ集です。
昨年一年間、朝日のアスパラクラブプレミアムコラムに連載されました。


当サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

沖縄懐石 赤坂潭亭 東京都港区赤坂 6-16-11 浜ビル/03-3584-6646 代表:高木 凛(たかぎ りん)/株式会社高木アソシエイツ