4月 フーチバジューシィ
フーチバとは蓬(よもぎ)のことで、ジューシィとは、雑炊または炊き込みご飯のことです。本土風に言えば、蓬がゆです。蓬は、本土では草餅や、春の七草のひとつとしてせりやナズナと共に七草粥に入れて食べる程度で、日常的に出回っているとは言いがたいのですが、沖縄では今日でも野菜の一種としてよく食べられています。
ジューシィをはじめ、天麩羅やアバサ(針せんぼん)汁の青みとして、また山羊汁には匂い消しとして欠かせない野菜です。身近な薬草としても重用されています。主に葉を乾燥させたものを煎じて飲むのですが、腰の痛みや神経痛に、また産後の女性の体力の回復にも良いそうです。
沖縄ではフーチバはほぼ一年中手にすることができますが、この季節の新芽は柔らかく香りも良いので、潭亭では四月のご飯としてご用意致しております。
潭亭のフーチバジューシィは、だし汁に炊き上げたご飯を入れ、豚油とマース(塩)で味を整えたあと、さっと湯通 しをしたフーチバを刻んで入れます。豚のバラ肉や玉子が入っているものもありますが、潭亭のジューシィは、香りを際立たせるために、具はフーチバだけにしています。さっぱりとした塩あじに豚油がまろやかさを添え、芽吹きの季節の青くふくよかな蓬の香りが食欲をそそります。
食べすぎや飲みすぎのあとの食事には最適です。本土風の感覚でいうと、胃がもたれるような日の朝食にはこのフーチバジューシィはうってつけということになるのですが、朝、このジューシィを口にすると、ふと後ろめたい気持ちになります。『朝からジューシィなんかようつくらん』といって、言を左右にして作ってくれなかった久高島のハナさんの顔が浮かんでくるのです。
久高島は沖縄南部の洋上に雫のように浮かぶ小さな島です。わたしは久高を訪れるたびに、ハナさんの家にお世話になります。ハナさんは恐らくはわたしよりは二回り以上は上の、母の歳に近い人です。腰を痛めているので、畑に出るときも、買い物に行くときも、いつも自転車を引いて歩きます。
くたびれ果てて久高にたどり着くことが多いわたしは、ハナさんが留守でも、こんにちはと言って家に上がり、仏壇にまた来ましたよとご挨拶をして、元気ならばそのままハナさんのいる畑へ行きます。でも大抵は奥の六畳間に枕を出してごろりと横になり、吸い込まれるようにぐっすりと眠ります。
夕暮れ、ピタピタと家の前の道を歩くゴム草履の音が聞こえるころ、目覚めます。台所からはかつお出汁のいい匂いが漂ってきます。いつの間にか畑から戻ったハナさんが、わたしの好きなシブイとポークのお汁を作っています。心地よい深い眠りのあとの、素朴な身体に染みるような食事。ハナさんは、わたしに至福の時を与えてくれるのです。
島の祭りの時でした。時を忘れて勧められるままに泡盛を飲んだわたしは、翌日、まったく食欲がなくてハナさんにフーチバジューシィを頼んだのです。するとハナさんは、『朝から縁起でもない』『ジューシィでは力がつかないさ』『昼アトなら』と、取りつく島もなく畑へ行ってしまいました。
二日酔いのぼんやりとした頭で、ハナさんの言葉を辿っていました。わたしは何か失礼なことを言ったのではないかと想いを巡らしていた時、はたと思い当たりました。
久高は、男はみんな海ンチュ(海人)、女はみんな神ンチュ(神女)といわれている島です。女たちはみな畑を耕し、神行事を司り、島を護ります。男たちは、みな海へ漁にでます。<板子一枚下は地獄>の海へ出てゆく男たち。時にはそれが一生の別 れになることもあるのです。雑炊で送りだすわけには行きません。この島には、海で夫を亡くした女たちが何人もいます。ハナさんの言葉の向こうに、朝には雑炊を作らないという島の女たちの心の声が聞こえてきたように思いました。
ハナさんのご主人も、カツオ船に乗って八重山沖で帰らぬ人となっていたのです。
