沖縄懐石 赤坂潭亭 ゆったりと時を刻む、美しい沖縄との出会い
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5月 アダンの炊き込み

 アダン。漢字で阿旦と表記されている場合もあります。沖縄のどこの島にでも見られる植物なのですが、今月のご飯はアダンの炊き込みです、と申し上げると、沖縄のお客様でも不思議そうな顔をなさいます。そして「アダン、食べるんですか?アダンのどこを食べるんです?」と判で押したようにお聞きになります。無理もありません。アダンは、石垣島を中心とした八重山地方では、神事の時に供えられたりしますが、沖縄本島ではほとんど食べられることはないのです。
 浜辺にもしゃもしゃと繁茂している植物で、樹高は2メートルほどでしょうか。葉の姿はアロエに似ていますが、トゲがあり、実は一見するとパイナップルと見まごうほど似ていますが、食べられません。根は甲高で、マングローブのように地表に露出しています。
 と、ご説明してもヤマトのお客様にはもうひとつピンとこないようです。そこで、潭亭ではそんなお客様にアダンをご説明する時は、奄美で客死した日本画家、田中一村の描いた<海辺のアダン>をお見せすることにしています。

 7,80センチはあろうかという葉の株をバサリと切り落とし、刺に注意しながら葉をむしっていくと、その付け根に白い竹の子のような芯が見えてきます。その芯を食べます。
 アクが強いので、切り落としたらすぐに石灰でアク抜きをします。それを航空便で送って貰い、更にアク抜きをして、水にさらし、調理します。
 その状態のアダンをアーティチョークのようだと言う方もいます。とくに美味というわけではありませんが、厚く、刺のある葉の奥から現れる白く艶やかな芯は、なにやらなまめかしくも見え、アダンという植物の精のようにも思われて、潭亭では大切に料理しています。
 甘味を含ませて白煮にしたり、黄身焼きにしたり、ラフテーの付け合わせとしてもお出ししています。炊き込みご飯は、アダンという素材と五年向き合ってきた中で生まれた、料理の一つです。
 炊き方は、アク抜きしたアダンの繊維に逆らって、斜めに包丁を入れてゆき、さらにそれを千切りにします。だし汁に薄口醤油、砂糖、酒を入れて下味を整えたものにアダンを入れて、さっと煮ておきます。油揚げは、湯通 しをして油抜きをしたものをアダンと同じように千切りにして、下味を整えた汁にいれてこれも軽く煮て味をしみ込ませておきます。
 洗い上げた米にだし汁を入れ、昆布を追って、下処理したアダンと油揚げを入れて炊き上げます。
 アダンに香りがないのが残念ですが、ふっくらと炊き上がった茶飯の地に白く細いアダンが、かすり文様のように散って、素朴な味わいが口中に広がります。

 わたしが初めてアダンを食べたのは、七年ほど前になります。知人に連れられて行った石垣島の寿司屋でした。知人が、馴染みのご主人に、この人は沖縄の野菜に興味があって、食べ歩いているというようなことを、紹介がてら口にしました。するとしばらくしてから、にぎりの合間に何の説明もなく、小皿の上に白いものがコロンと載せられて、カウンター越しに出されました。
 わたしは遅れて出された突き出しかしらと思って、しばらく箸をつけずそのままにしていました。すると七十代半ばと見える細身のご主人が忙しく手を動かしながら、ついでのように、どうして召し上がんないんですとボソリと言いました。
 嫌な響きではありませんでした。口数の少ない料理人特有の言い方です。
 慌てて箸をつけてみると、その白いコロンとした棒状のものには、きちんと隠し包丁が入って、一口で口に入る大きさに切ってありました。つるりとしてシャリッとした歯ごたえと、ほんのりと甘味を含んだ品のいい味わいに、驚きました。
 聞けばそのご主人は永い間大阪の名のある料亭で修行をした人でした。島の食材にも詳しく、アダンはなぜ沖縄本島の方は食べないのでしょうねと尋ねると、八重山は苦しかったから、あらゆるものを食べたんです、アダンはその一つですよと言葉少なに語ってくれました。
 十七世紀初頭、琉球に薩摩が侵攻したあと、時の琉球王は王府としての体面 を保つため、本島から遠く離れているこの八重山に、悪名高い<人頭税>という重税を課したのです。
八重山のシーサーは首里に向かって建てられているというほど、それは過酷なものでした。
 アダンは、琉球の歴史を背負った食材のひとつであることをこの時、教えられたのです。
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