6月 ピパーズジューシィ
ピパーズジューシィ、声にしてみると綴りはどうだったかしらと、何やら英語のスペルを思い浮かべてしまうほどユニイクなネーミングですが、これは紛れもなく八重山の食事です。ジューシィについては四月のフーチバジューシィの項で、雑炊または炊き込みご飯のことですとご説明しましたので、ここではまず、どんなご飯かをご説明する前にピパーズという蔦科の植物と沖縄の言葉について少し触れてみることにします。
ピパーズとは、沖縄の民家の石垣につたっている蔦の葉です。いまはその石垣がどんどんブロック塀に変わって、ピパーズの居場所が無くなってきているようで残念です。ピパーズの新芽は柔らかく、南国特有のむせるような香りに満ちています。葉を焼いて焼き魚に添えたところ、お客様に、松茸を使っていますかと聞かれたことがあります。そういえば、松茸の香りにも似ているかも知れません。
ピパーズの実は大人の小指の先ほどに成り、カラカラに干してすりつぶし、沖縄そばなどに添えられる島胡椒になります。
それを八重山ではピパーズ、ピーヤチ、ピサシ。本島ではヒハツ、またはヒハチと呼んでいるところもあります。
余談ですが、八重山ではハヒフヘホがパピプペポなるのです。
ですから花はパナになります。とうに失われたヤマトの古語のルーツを八重山に辿ることができます。古語の響きを今に伝えているのは離島ゆえなのでしょうか。
ひとつの植物でも、あの小さな島々でこれほどに呼称が異なるのです。言葉が異なるということは、文化も異なるのです。
沖縄本島だけでも、北部と南部ではその方言は全く異なり、さらに王府のあった首里には首里言葉というのもあります。離島の八重山と宮古の言葉や食の違いなどは、歴史を背景に読み解いてゆくと、際限なく独自の文化の広がりが見えて興味はつきません。
代表的な食べ物である沖縄そばひとつとっても、その食べ方、出し方は異なります。沖縄そばについては十一月の食事で触れますので,そばの話は後に譲りますが、沖縄は文化的に見てもけしてひとつではないということが言えます。
どうしてさほどに多様なのかということは、門外漢のわたしには詳しく述べることは出来ませんが、おそらくそれは離島を統治する政治上の力学が大きく作用していたのではないかと思われます。
ご存じのように、沖縄は洋上に縄のように浮かぶ大小六十あまりの島々の連なりからなっています。三山時代といわれる琉球の戦国時代を経て、本島を統一した琉球王は、離島の反乱を抑圧するために分断政策をとったのです。その名残りなのか、今でも離島の人々は本島にではなく、遠く大阪や東京に学びの場や職を求めて出ることが多いのです。
数年前のことになりますが、神々の島といわれる久高島を舞台にしたラジオドラマを書いた時のことです。久高のオバァを演じて頂く文化座の鈴木光枝さんの方言指導に、朝のテレビドラマですっかり沖縄の顔になられた平良とみさんに来ていただいた事がありました。その平良さんが、久高の言葉は全く分からない、首里言葉でいいですかと仰っていたことを思い出します。
沖縄はこのように、実に豊かな方言に満ちています。しかし、その方言が禁じられた時代もあったのです。戦前、沖縄では徹底した皇民化教育が施されていました。方言で会話することが禁じられ、島唄を歌うことも憚られました。学校では島言葉で話すと首に方言札を掛けられたといいます。
映画『ひめゆりの塔』のなかで、ひめゆりの乙女たちが歌う唄はみな国民唱歌です。公開当時、そんな筈はないという抗議があったそうですが、沖縄の学生たちが口ずさむ唄は、ヤマトと同じ唱歌以外あり得なかったのです。
さて、今月の食事からだいぶお話が逸れてしまいましたが、ピパーズジューシィとは正確には、ピパーズ硬ジューシィと書くべきでしょうか。細かく刻んだ豚肉や人参、椎茸などを入れて炊いた味付け飯に、ピパーズの葉を刻んでまぶした南島の香りゆたかな沖縄風五目飯のことです。
