9月 紅芋ご飯
薩摩芋は一般 に十月が収穫期とされていますが、亜熱帯の沖縄では常時、栽培が可能です。とは申し上げても、やはり沖縄の紅芋もこの季節のものがおいしいと感じるのは、祖母がわたしに残してくれた季節感をも重ね合わせて食べているからなのでしょうか。明治生まれのわたしの祖母は東京下町に育ち、とくに高等教育を受けた訳ではない人でしたが、折節の暮らしの中で見せてくれた人としての損得を越えた気質は、わたしに様々なものを残してくれたように思います。
祖父が亡くなった後も血の繋がらない母に寄り添うように仕え、わたしを育ててくれました。あれは明治という時代が育んだものだったのでしょうか。
わたしに添い寝をしながら語ってくれた昔話、それは主に仏教説話のようなものでしたが、布団に掛けられたビロードの襟掛けの手触りとともに、いまもわたしの回りの空気のように漂って、時おりふいに立ち現れます。
その祖母が作ってくれた質素な料理は遠い記憶と共に、わたしの味覚の根源をなしているようにも思えます。
その一つが、薩摩芋の出盛る秋口になると炊いてくれた芋ご飯でした。金時芋のホクホクとした甘い味わいと、昆布だしにほんのりと塩をきかせた米の合わせ具合が何ともおいしく、同じ季節の栗ご飯よりも心待ちにしていたものでした。
紅芋のおいしいこの季節、潭亭はヤマトの芋の季節に先駆けて、沖縄の紅芋で炊いた芋ご飯をご用意することにいたしました。
紅芋はゴーヤと並んでいまやすっかり沖縄の特産品として広く知られ、天然のアントシアン系の紫色の色素も注目されて、ケーキ等にも随分と使われるようになりました。
潭亭風の紅芋ご飯の炊き方に触れる前に、ここでちょっと紅芋の由来などに触れておこうと思います。
紅芋は、薩摩芋の一種で別名紫唐芋、読谷紅芋とも呼ばれ皮も実も紫のものと、皮が白く実が紫のものと主に二種栽培されています。皮も実も紫のものは色素が不安定なので、潭亭では読谷から皮の白い紅芋を多く取り寄せています。
薩摩芋は中央アフリカ原産といわれ、世界中でたくさんの品種が栽培されていますが食材図鑑によると、沖縄には(日本には)1597年(慶長2年)長真氏旨屋(ちょうしんし、しんや)が中国から宮古島に苗を持ちかえったのが、最初とされています。
沖縄本島にはそれから少し遅れて1605年、野国総管(のぐにそうかん)がやはり中国の福建省から苗を持ち帰り、儀間真常(ぎましんじょう)が栽培の普及に努めたという記録が残されています。
その芋が、後に薩摩や長崎に伝わり、青木混陽が薩摩経由で日本全国に栽培の普及を行ったことから薩摩芋の名で呼ばれるようになったものです。
沖縄本島ではこの薩摩芋をウム、伝承の地、宮古島ではンム、石垣島ではアッコンと呼ばれ、大正から昭和の初期までは主食で食されていました。飢えを凌ぐために食されてきた芋が、繊維質やビタミンCも多く含まれ、満腹感を与えながら食べても太らないというところから、今ではダイエット食として注目され始めています。
このことは、あまた有る食材の中の芋ひとつの話に過ぎませんが、奇妙な飽食の時代をくぐり抜けた人類が考えなければならない食の風景を暗示しているというのは、うがち過ぎでしょうか。
さて潭亭の紅芋ご飯ですが、昆布だしに沖縄の天然のまろやかなマース(塩)を含ませて炊きあげ、サイコロに切って別 炊きした紅芋を炊きあがる直前のご飯にいれて一緒に蒸らし、盛る寸前に混ぜ合わせます。
金時芋のようにご飯と一緒に炊きあげますと、紅芋の紫がご飯についてムラになってしまうのです。どちらの方法で炊いてもお味は一緒ですが、白いご飯に紅芋の紫を際立たせたいと考え、ちょっと一手間かけてみました。
