10月 沖縄そば
沖縄の人々はそば好きです。五人に聞けば、五通 りの好みのそば屋の名が上がるでしょう。ウチナー口(沖縄言葉)風に発音すればスバ。もちろん家庭でも既成の麺を買ってきてよく食べます。しかし、そばとはいうものの蕎麦粉は入っていません。そば生地は、小麦粉に灰汁を入れて練り上げます。それを薄く延ばして切り、揉み返して茹でます。冷ますときにくっつかないように油を振る。出来上がった麺は中国や台湾のものに近く、縮れのある平打ちの太麺で、喉越しは腰の強いうどんに似ています。
麺をさっと湯にくぐらせ出し汁と合わせ、豚肉と青みや紅生姜などを添えて頂きます。
沖縄そばとはいっても、160余の島々からなる沖縄です。そばも一様ではありません。主に沖縄本島で食べられる『ソーキそば』とは、骨付きの肉を載せたもの。八重山(石垣、西表を中心とした島々)では、やや細麺で具の豚肉はラフテーのように炊いた肉を載せ、紅生姜は付けません。宮古では、具を麺の中にいれます。
沖縄言葉(ウチナー口)も島々によって異なるように、そばもまことに多様です。
わたしと沖縄そばとの出会いは、幸運なものではありませんでした。72年の復帰前後の頃ですから30年程前のことになります。初めて沖縄そばを食べたのは新宿でした。何を食べて良いのか分からず、取り合えず目に入った『沖縄そば』という張り紙をみて、注文したのです。
そばが、他の料理に先駆けて出てきたのにも驚いたのですが、そばが器に溢れるほど盛られて、その上に大振りの骨つきの豚肉と、そばまで染めてしまいそうな紅生姜がたっぷり添えられていました。
恐る恐る箸をつけると麺はパサパサとして喉を通らず、その上スープに味がなく半分食べるのが精一杯でした。
それから二十年程の時を経て、仕事で沖縄に通うようになり、本場のそばを食べ歩いたのですが、新宿での強烈な印象を払拭することは出来ませんでした。
そんなわたしの沖縄そば観を変えたのは、病後の身体を島々で休めていた時でした。民宿の主が、今日は島の行事で忙しく昼飯を作れない。「これで食べとって」と置いていってくれたのが、島の雑貨屋で買ってきた既製品の沖縄そばとそれに添えられたスープでした。
麺の茹で方について能書きを見ながら、ラーメンを作るようにスープもお湯で薄めて作ってみました。
これが、細麺でなかなかおいしかったのです。スープには勿論、科学調味料もたっぷり入っていたのでしょうが、おやおやと思いました。
既製のものがそば屋のものよりおいしく食べられるということは、麺とスープを吟味すれば、もっとおいしくなる。そば屋の沖縄そばがすべてではない、という当たり前のことに気づいたのです。
わたしのささやかなそば探訪が始まったのは、それからでした。おいしいと言われている店を那覇、首里はもとより北部から糸満、そして宮古、石垣と食べ歩いてみました。時間はたっぷりとありました。
沖縄そばは出しが丁寧に取られているかどうかが全てです。麺も縮れが入っているものいないもの、固いもの、柔らかいもの、黄色いものと実に様々な麺との出会いがありました。
潭亭でそんな話をすると必ずと言っていいほど「それで、女将さんはどこが一番おいしかったの」と聞かれます。これが困ります。固麺がお好きでしたらここ、縮れがお好きでしたらこことわたしなりに思う店はあるのですが、作り手が変わってしまっているとその限りではないのです。
そば屋が女手で運営されているところは、総じておいしいと思いますと、近頃はこんな風にお答えしています。
潭亭では年に一度、十月のお食事が沖縄そばになります。
麺は店で手打ちする余裕がないので、可能な限り試させて頂いた中で選んだ、沖縄のテルキナ製麺の生麺を取り寄せて使っています。
潭亭にはヤマトの沖縄通を任ずるお客様も多いので、そばの月は気が抜けません。潭亭なりのそばつゆのこれでいいと思えるワリはあるのですが、ワリはあくまでワリでしかなく、素材の比率でしかない、というのが率直な感想です。
毎年、ワリ通り造っても、どこか違うのです。潭亭のそばつゆは、豚出し、鰹出し、昆布出し、鶏ガラ、水塩と香り付けに醤油を少々使います。豚出しや昆布出しにはほとんど変化はないように思えるのですが、鰹出しと水塩が曲者です。
鰹出しは、いつも同じ業者から仕入れていてもその年により、また出しをひく者の加減によって風味が異なります。水塩は時間をかけて店で造ったものを使いますが、ひと手間欠けていたりすると、鋭いばかりで塩のまろやかなうま味がでません。ただの濃縮食塩水になってしまうのです。
今年もまた沖縄そばの月となりました。店で造り上げたワリを頼りに、最後はやはり人間の舌の記憶に頼って微調整する他ないのです。
そしてもうひとつ。「おいしいね」と仰って下さるお客様のお声が味の道しるべです。
