12月 豚飯(トンファン)
赤坂潭亭の一年の締めくくりのご飯は、先年物故された古波蔵保好(こはぐら・やすよし)さんを偲んで、「豚飯」にしたいと思います。古波蔵さんは改めてご紹介するまでもなく、沖縄出身のジャーナリストであり名エッセイストでした。
古波蔵さんとの出会いによって、ヤマトの人間であるわたしが沖縄料理に関わるバックボーンを形成することができたと思っています。それまでのわたしは思い入れだけで沖縄料理をせっせとコピーすることに終始していました。そんなわたしに古波蔵さんは柔らかな眼差しで「沖縄料理の根っこを掴みなさい」とおっしゃって下さったのだと思っています。
「豚飯」は、その古波蔵さんのご実家にあたる那覇の料亭『美栄』の名物です。『美栄』は、古波蔵さんの妹さんである登美さんが〈食事を主とする店〉として那覇に開いた料亭の草分けです。
古波蔵さんとの出会いは、赤坂潭亭が出来て間もなくの頃でした。店の階段を二人連れの方が降りてらしたのです。年配の男性と編集者らしい女性の方でした。
「突然だけど、お席あるかしら?」
年配の方は、すぐに古波蔵保好さんと気づきました。
古波蔵さんのことは、かねてから雑誌や新聞等で存じあげていました。名だたる食通 で、食に関するエッセイもたくさんあります。
この時、すでに70代の後半をこえていらしたと思いますが、細身の身体に淡いピンクのジャケットを品良く着こなして、噂通 りダンディーな方だなというのがお目に掛かった第一印象でした。
帰りがけにご挨拶に上がると、「こういう沖縄の店が出来るのを待ってたんだよ」と仰って店の者に心付けまでおいて行かれました。心付けなど頂く習わしがない店なので大変あわてました。
それから折にふれてお越し下るようになり、仕事の打合せに、作家の方々との語らいに、時には行きつけの店のスタッフの方々をお連れになって御馳走するというようなこともありました。
お馴染みになられても、長居をすることもなく、思えば〈店に慣れる〉ということと一線を画していらしたのかも知れません。今はもう、あまり使われることのなくなった「粋」という言葉を思い起こさせる方でした。
古波蔵さんの東京の仕事場が六本木にあり、赤坂潭亭には歩いてこられる距離にあったことも幸いして、「煙草を買いに出たんだよ」と仰って、ふらりとお一人でお顔を見せる事も多くなりました。
そんな時は、ここぞとばかりに沖縄の様々な食材や料理についてのお話を伺うのが何よりの楽しみでした。
「戦前と戦後では沖縄の料理は大きく変わってしまった」
首里で過ごした少年期、お母様が作って下さった中身汁の思い出。「うちの中身汁には、香りのいい豆が必ず入っていたが、あれは何という豆だったか」。
古波蔵さんもその豆の名前を思い出せないというのです。その豆については、わたしも方々手を尽くして調べてみましたが、いまだに分かりません。すでに種が保存されることもなく、消えてしまった島野菜なのでしょうか。
「八重山に行って、うっかり首里の出だと言ったら酷い目にあったことがあった」と笑い話のように仰っていた事がありました。八重山のシーサーは、首里に向けて建っているといわれている程、首里王府が八重山に課した税は過酷なものだったのです。
収奪の対象でしかなかった宮古、八重山諸島。島の山野草も含め、あらゆるものを食い尽くして飢えを凌いだ離島の食。庶民の主食が芋であった時代、中国に仕え、薩摩をもてなすために中国やヤマトに料理人を派遣して学ばせ、作りあげられた宮廷のおもてなし料理。その流れを組む首里士族の料理。遊廓、辻の女たちが、客をつなぎ止めておくために腕を競った辻料理。戦後、ヘルメットを火に懸けて何でも炒めて食べたチャンプルー。
どれもそれぞれの歴史を背負った沖縄料理です。
宮城文さんの名著『八重山生活誌』から、歴史を背負った八重山料理を学び、さらに古波蔵さんから「あなたはこっち(ヤマト)の人なのだから出来るでしょう」と、大小、六十余りの島々からなる琉球諸島の厳しい自然に晒された食を俯瞰してみることを勧められました。
赤坂潭亭を開業して六年。あちこちの島から原材料を取り寄せ、沖縄の食に関わって八年。わたしの前にぼんやりとその輪郭を見せはじめているのは、『三里四方のものを食す』という食の原風景です。そしてそれはかつてのヤマトの食の風景とも重なるものでした。沖縄の食とそれに連なる歴史を学びながら、見えてくるヤマトというこの国の姿。わたしの食の旅はまだ途上です。
古波蔵さんの著書『料理沖縄物語』に、婚礼の夜に出される豚飯のことは詳しく触れられています。その一節を引用して『豚飯』の紹介に代えたいと思います。
〈−さて、酒盛りがすむと、花嫁はつき添いとともに裏座敷へ引き取り、ここでおとなしく夜を明かす。一方、宴席には、「豚飯」か「菜飯」が出る。「豚飯」は、といだ米に、一度よく茹でてから細かく切った豚肉、かまぼこ、人参、椎茸などをあわせて釜に入れ、鰹節の出汁で炊いたもの。これを軽く黒塗りの椀に盛り、蓋をしておく。その椀を宴席の片隅にたくさん用意して、まず一椀ずつを客に配り、蓋をとって汁を注ぐ仕組みだ。一杯を食べおわった客に、用意しておいた椀をさしあげ、汁を注ぐといったことで、温かいのを何杯でも食べてもらう〉
豚飯は赤坂潭亭でもお代わりをご用意しております。どうぞ遠慮なくもう一杯と仰ってください。
