沖縄懐石 赤坂潭亭

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赤坂潭亭のこだわり

沖縄とヤマトの出会う処沖縄の土と水と光を食す

伝えたいのは食の心。
沖縄には「食はクスイムン(薬物)」「三里四方のものを食す」という
食に係わる古くからの言い伝えがあります。
食べるもので身体を整え、土地の物を食す、
これは中国の「医食同源」やヤマトの「身土不二」に通ずる食の原風景です。
沖縄の「食の歴史」を問い、ヤマトが失った食の風景を見つめます。

赤坂潭亭の名前の由来は首里城のお堀、龍潭池から来ています。
潭という字は元々、中国の文字で、水を意味します。
小さな池や人工的に作られたお堀のことです。
またこの龍潭池には琉球王が中国からやってきた冊報使を池に船を浮かべて接待したという
語り伝えられた故事があり、沖縄の宮廷料理はそこから発展したともいわれています。

お部屋の設えや器にも沖縄を感じていただけます。
沖縄の土で焼かれた大嶺實清氏の器。造形美と圧倒的な力強さが特徴です。
柔らかな質感の琉球ガラスはガラス職人の稲嶺盛吉氏の物を使用しています。

沖縄懐石とは。
沖縄料理として一般的に知られているのは、戦中戦後の家庭料理が中心でした。
しかし、沖縄にもかつて「包厨」と呼ばれた料理人が活躍した時代があり、
限られた階層でしたが、おもてなしの料理が存在しました。
しかし残念ながら沖縄料理は、琉球処分という不幸な歴史の中で、
京都、大阪、金沢、東京(江戸)のように
懐石料理へ発展するという道筋は絶たれました。
その絶たれた歴史を繋いでみようとしたのが赤坂潭亭の始まりです。

琉球料理は、家庭料理ばかりでなく、
かつては冊報使をもてなすための冊報使料理が宮廷にあり、
また、首里士族階級にも、商都那覇にも遊郭の辻にも
南国らしい工夫をこらした伝統料理が存在しました。
それらに学び検証しつつ、かつて包厨たちがそうであったように
沖縄食材に現代の懐石の技を加えたいという思いから「沖縄懐石」は生まれたのです。